日本のお寺や神社をご紹介するブログです


by hk_temple1978

桂春院 sanpo

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庭に巡らせた思索は、抹茶の苦味で自分に回帰します。


【桂春院 (けいしゅんいん)】

 桂春院は 1598 年に創建された妙心寺の塔頭です。
 織田信忠(信長の息子)の次男、津田秀則が建立しました。
 妙心寺の境内に配置されています。

 妙心寺には 46 に及ぶ塔頭があり、
 桂春院はその中でも常時拝観が可能な数少ない寺院です。
 静かな雰囲気の中で抹茶も頂けます。


 また、桂春院は4つの庭を保有しており、ひとつひとつに名前がついてます。
 
  ・清浄の庭
  ・侘(わび)の庭
  ・思惟(しい)の庭
  ・真如(しんにょ)の庭

 4つの庭をゆっくり眺めて、
 自分の心に何が生まれるかを確かめてみては如何でしょう。


 物事に宿る意味を、ゆっくり考えられる時間ってなんて贅沢なんだろう。
 そんな気持ちになれる寺院でした。
 


京都府京都市右京区花園寺ノ中町11
JR嵯峨野線 花園駅から徒歩 10 分


桂春院を拝観してみたい方はこちら
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# by hk_temple1978 | 2009-10-22 21:33 | 京都

東慶寺

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生と死と、詩が浮かんでは消えてゆく。
すると雨が、消えゆくものをより強く心に残すのです。


【松岡山 東慶寺 (とうけいじ)】

 1285 年に創建された北鎌倉のお寺です。
 鎌倉幕府第 8 代 北条時宗夫人の覚山尼が開山しました。

 縁切り寺として有名です。
 その昔、東慶寺は駆け込めば離縁できる女人救済の尼寺でした。
 現在は禅寺としてその風情を今に残しています。
 

 私にとって東慶寺で思い出すのは、
 仙台のカフェで読んだ
 詩人・谷川俊太郎の 「父の死」 という詩です。

 谷川氏は 94 歳で亡くなった父の葬式において、喪主としてこの詩を読んだそうです。
 斎場がこの東慶寺でした。

 その内容は、
 詩人らしくナルシストに富んでおりウィットなものです。
 その文章の中に私の心から離れない一節がありました。
 以下に転載させてもらいます。


  眠りのうちに死は
  その静かなすばやい手で
  生のあらゆる細部を払いのけたが
  祭壇に供えられた花々が萎れるまでの
  わずかな時を語り明かす私たちに
  馬鹿話の種はつきない

 
 葬式という儀式を見事に詠んだこの一節が、東慶寺の印象をより強くさせました。


神奈川県鎌倉市山ノ内1367
JR横須賀線 北鎌倉駅から徒歩 10 分


山門からの散策はこちらから。
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# by hk_temple1978 | 2009-09-25 01:03 | 神奈川

相国寺

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権威の象徴、散策自由。
私ものんびり歩かせてもらいました。



【万年山相国承天禅師 (通称:しょうこくじ)】

 相国寺は京都五山という五段位序列の第二位に指定された寺院です。
 室町幕府三代将軍、足利義満が築きました。
 金閣寺、銀閣寺を末寺に従える臨済宗相国寺派の大本山です。

 一時、五山第一位の格が天龍寺と相国寺で入れ替わった時期があったそうです。
 義満が自分の権威に箔をつけようとしたのでしょうか。
 現在は一位が天龍寺、二位が相国寺に落ち着いています。


 京都市内の中心部に、広大な敷地が整備されています。
 境内は散策自由です。
 多くの人達が散策してました。
 また同志社大学が隣接していることもあって、学生の姿も多く見受けられます。

 相国寺は通常、堂内の拝観は不可で、春と秋に特別拝観として一般公開されています。
 私が参拝したのは夏真っ只中でしたので、もちろん入れませんでした。残念。
 写真にある法堂の格子戸からお堂の中を覗き込んでいたら、
 警備員のおっちゃんが来て、

  「秋またいらっしゃい ~」  と言ってくれました。

 秋は混むから春がいいかな。
 いずれにせよお堂に入りたいなぁーという気持ちは湧きました。
 果たしていつ行けるだろうか ・・・

 
  ・京都五山 [きょうとござん]
    京都にある臨済宗の五大寺の称。
    時代により順位は変動するも1410年、以下に落ち着いている。
    南禅寺が五山の上に位置する『五山之上』。
    その下に天龍寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺の序列が定められた。
    足利氏にて選定。


京都府京都市上京区今出川通烏丸東入ル相国寺門前町701
市営地下鉄 今出川駅下車 徒歩5分


法堂(はっとう)に近づきたい方はコチラ
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# by hk_temple1978 | 2009-08-15 02:04 | 京都

瑞巌寺

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政宗が奥州で創り上げた文化。
伊達な空間を味わえます。


【松島青龍山 瑞巌円福禅寺 (ずいがんえんぷくぜんじ :通称 ずいがんじ)】

 828 年に延福寺という名前で開山された宮城県で一番有名な古刹です。
 鎌倉時代に荒廃しますが、1604 年に伊達政宗が五大堂を再建。
 これを皮切りに寺の名前を瑞巌寺と改称し、再興を進めます。

 仙台藩 62 万石の礎として再興された瑞巌寺。
 江戸時代は領内随一の規模と格式を誇ったそうです。

 建物の襖や壁にはきらびやかな絵が施されています。(撮影不可ですが)
 これは当時の一級絵師集団であった狩野派や長谷川派を呼んで描かせたものです。
 政宗は瑞巌寺を伊達文化の中心に据えようとしたのでしょうね。


 私が感じた瑞巌寺の印象は、
 コピーをつけるならば 「奥州に、京都の隠し味。」 です。(笑)

 今まで東北のお寺には、足腰の強さや豪壮さを感じてきました。
 しかし瑞巌寺にはそれに加えて 「高貴さ」 が見え隠れします。
 高貴さは京都のお寺に私が感じた印象でした。

 写真にある本堂の、瓦と木材のコンストラクトなのかなぁ。
 パッと視界に飛び込んでくる印象が”力強さ”だけじゃないんですよ。
 私の知る限り、東北のお寺でこんな印象を受けるのは瑞巌寺だけです。


  また瑞巌寺は四寺廻廊の一寺を担っています。

   四寺廻廊は
   松島の瑞巌寺、山寺の立石寺、平泉の中尊寺と毛越寺が協力して始めました。
   慈覚大師円仁が開山であることが共通項です。
   『この四寺を巡礼して大願成就しましょう』というものだそうです。
   江戸時代に松尾芭蕉も奥の細道で訪れています。


宮城県宮城郡松島町松島字町内 91
JR仙石線 松島海岸駅から 徒歩 10 分


境内を散策したい方はこちら
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# by hk_temple1978 | 2009-07-26 01:51 | 宮城

芬陀院

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暑さや時間は、門の外に置いてきて。
亀と会話を楽しみました。



【芬陀院 (ふんだいん)】

 東福寺の塔頭として建てられた臨済宗の寺院です。
 塔頭ということもあり、東福寺の直ぐ隣に建っています。
 1321~1324 の間に創建だそうです。

 芬陀院には水墨画家の雪舟が作庭したと伝えられる庭があります。
 そのため、別名を雪舟寺とも言うそうです。


 私が芬陀院を訪れたのは今から約一年前の夕方でした。
 参拝客は私のみ。
 縁側に座って雪舟の庭である 「鶴亀の庭」 を 30 分くらい眺めてました。
 
 写真は鶴亀のうち亀島とされるもの。
 鶴島は左側にあります。(写真には写っていません)

 亀島の頂点に立てられている岩は、
 亀が動かないようにと雪舟が立てたもだそうです。


 畳の上で、
 扇風機から生まれる風に吹かれながら、
 亀島そのものを、また周りの緑や苔や白砂を見ていました。

 すると時間が流れているという当たり前の事実は消え去って、
 庭と私はなんとなく、
 言葉を交わしているような気分になりました。



京都府京都市東山区本町15丁目803
JR奈良線 東福寺駅から徒歩 10 分


散策したい方はこちら
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# by hk_temple1978 | 2009-07-12 22:13 | 京都

瑞聖寺

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向こう側には宇宙がある、そんな気がした初夏でした。



【紫雲山 瑞聖寺 (ずいしょうじ)】

 東京は白金台にある黄檗宗のお寺です。
 黄檗宗の開祖隠元の弟子、木庵が開きました。
 創立 1670 年とされています。

 黄檗(おうばく)宗は江戸時代初期に中国から来た隠元が開いた宗派です。
 隠元はインゲン豆やスイカ、レンコンなどを日本に伝えた人物としても有名です。


 隠元が来日時に多くの工匠や彫刻家をお供に連れてきたせいか、
 黄檗宗の寺院は意匠に独特の趣きがあります。
 中国(明)の建築様式はこんな雰囲気だったのかと、想像が膨らみます。

 セレブの街として知られる白金台の坂道を脇に入ると、
 驚くほど静寂に包まれた空間があります。
 すぐそこにある目黒通りの喧騒が嘘のよう。

 高層マンションに囲まれて、
 瑞聖寺は創建時の趣きを静かに守っていました。


東京都港区白金台3-2-19
都営三田線または南北線 白金台駅から徒歩 2 分


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# by hk_temple1978 | 2009-07-06 00:26 | 東京